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テクノ法要って知ってる?俺の妄想が現実になった話

どうもどうも、えいたそです。

テクノ法要ってご存知ですか?

テクノミュージックとお経のマリアージュとも言いますか、厳粛かつ歴史ある仏教と機械的な音楽であるテクノ・最先端の視覚効果をもたらすプロジェクションマッピングが合わさった新ジャンルの音楽です。

見ての通り、法要の念仏に見事にマッチしたテクノミュージックが、アゲアゲほっこりな雰囲気を醸し出しております。

賛否両論あるんでしょうが、youtubeのコメントなんかは割と好意的で、「これも新しい形の布教だ」なんて声もあるほどです。

このテクノ法要、僕の記憶ではここ2-3年の間に出てきたはずなんですが、実はとある人物が10年も前に「テクノ法要」の可能性について論じているんですよ。

その人物こそ、ワタクシえいたそでございます。

まぁ論じてるなんてもんではなく、「こんなのありじゃね?」という妄想をブログに書き起こしただけなんですけどね。

ただ、僕が2009年10月にブログにした内容がまさにテクノ法要であり、今まさに起きているムーブメントそのものだったので、自分自身の優れた先見性があまりに恐ろしいのでブログにしたわけです。

以下、僕の妄想でございます。
※アメブロから当時書いた文章をまるごとここに引っ越しできました

ダンスお経−10年前のえいたその妄想−


今若者や仏教界を巻き込んだ新カルチャーが話題を呼んでいる。
地方発のDANCE OKYOが首都圏のClubで取り上げられてから瞬く間にブームとなった。

今さら説明は不要かと思うがDANCE OKYO(ダンスお経)は、ダンスミュージックにお経を取り入れた新ジャンルの音楽である。
経文を読む際に鳴らす木魚、鈴(りん・キンと呼ばれる鐘。呼び方は宗派により異なるらしい)をエレクトリカルな8~16ビートのリズムに乗せたものだ。
これまでのダンスミュージックで主流だった、「ズンズン」と響く重低音と「チッチッ」というシンバルに似た軽やかな音に、木魚の「ぽくぽく」という丸みのあるリズムが加わることでなんとも言えない空間を創りだすのだ。
さらに「ちーん」という心に響き渡る鈴の音がアクセントとなり、余韻を残しつつ音楽全体を引き締める。

このDANCE OKYOは、ここ10年の間にブームとなっているダンスミュージックというジャンルに新しい文化的広がりを与えた。
TRANCE、TECHNO、HOUSEといったクラブミュージックの三強にお経が加わりDANCE OKYOが生まれた。
DANCE OKYOは軽快なリズムと心に染み渡るような響きで若者の評価を得た。

このブームの火付け役が叡陀楚という千葉県の修行僧である。
彼は修行のため、お経を毎日のように読んでいたが、仏門に入るまではお経など読んだ経験は皆無だった。
むしろダンスミュージックを好み、EURO BEATからTRANCE、HOUSEを聞き漁っていた普通の若者だった。

彼の頭からお経が離れなくなったある日、DJとしてクラブに立っている夢を見た。
しかし、彼が流している曲はTRANCEやHOUSEなどではなく、お経だった。
なんとクラブで経文を読んでいたのだ。
また彼が華麗に扱っていたのはディスクではなく木魚と鈴であった。
夢うつつの中、彼は「何かおかしい」と思ったらしいが、クラブ内の若者達には大ウケ。
体全体で踊り、楽しむノリノリな若者達がいたのだ。彼は驚きつつも自分が創りだす、若者達とのダンス空間に酔いしれた。
(若者の中にディスコブームの遺産である叔母を見つけた時には本気で驚いたようだ)

さて、夢から覚めた彼に不思議なことが起こった。
耳にはお経とダンスミュージックの軽快な響が残り、頭はこれまでにないほどすっきりとしていた。
おまけに体の疲れはきれいさっぱり無くなっていた。
生まれて初めて神仏を感じた、と彼は語る。

叡陀楚は神仏のお告げを聞き、こうしてはいられないとすぐさま行動に移した。
夕方から深夜まで寺の一部をクラブとして開放するよう嘆願、そこで若者にクラブミュージックとお経を楽しめる場を提供した。
これが瞬く間に若者に広まり、現在のDANCE OKYOの礎となったのだ。

DANCE OKYOの波は首都圏へ及び、話題となった。
渋谷の某クラブ関係者は、DANCE OKYOをこのように語った。
「ノリノリなのに落ち着く。矛盾かもしれませんがマジで熱いですね!叡陀楚さんが来た日は満員御礼で…。嬉しい悲鳴ですよ。」

この度、着うたでの100万ダウンロードをきっかけにCDがリリースされることになった。

叡陀楚やクラブ関係者は「お経とダンスミュージックの新しい形」といい、仏教界からも「若者がお経や仏教に関心を持ってくれている」と概ね歓迎ムード。
ただ、一部からは「仏教の型が崩れる」と否定的な意見もある。
賛否両論ではあるが、このDANCE OKYO、まだまだブームは続きそうだ。

既にお気づきかと思うが、以上は、中尊寺に行った際に思い付いたえいたその妄想である。
当然、事実関係は一切ない。

まとめ

今も大した文章力があるわけではないものの、当時の方がまだ面白みのある文章が書けてたような。。

妄想という前提で、イマジネーションを発揮した意味不明な文章を書いていた若かりし頃の思い出の墓場として、ここに遺しておくことにします。

テクノ法要、僕的にはアリなのでぜひ聞いてみてください(笑)

ではでは。